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4seasons



『ひとつになれない』

僕は、ふれあうだけでそれが世界の全てになることを信じている。

あたたかく湿った皮膚がぶつかるときの微妙な弾力と、自分ではない他人からわき上がってくる甘い匂いの中で、時間がふたり以外のものを決して寄せつけないことを心地よく感じている。


彼女の家は、国道4号線の側に建つ14階建てのマンションにあった。
その最上階の3LDKに彼女は両親と妹、それにビーグル犬のサチと一緒に暮らしていた。
昼間は家族が出かけてしまうので、母親がパートから戻るまで、家の中は彼女ひとりきりになる。

4号線は地方と東京を結ぶ重要なラインで、山から切り崩してきた土砂を、大型ダンプがひっきりなしに東京へ運んでいく。
特殊な防音を施されたガラス窓を閉めると、部屋の中は張りつめた空気の音がして、ひとりでいると大声で叫びたくなる。

サチはいかにもビーグル犬らしいフレンドリーな性格で、僕がやってくるとがっちりと足にしがみつき、興奮が収まるまで放そうとしない。

サチとひとしきりプロレスを楽しんだ後、よだれでべっとりした手を洗い、食卓につく。

彼女は冷蔵庫にあった適当な食材を調理して、僕とサチに昼食を作ってくれる。
換気扇からは毎日のようにふたり分の煙や匂いが流れていった。そうやって、毎日この家に通っていると、僕はずっと前からこの部屋の主人だったような、そんな錯覚をおこす。

それはなんだか幸せな時間だった。なぜなら、僕らはお互いがその年齢にやらなければならないと社会に決められた役割を、すっかり放り出していたからだ。
僕らには社会的に認められた名前(学生とかサラリーマン)というものがない。

彼女は2カ月間通った専門学校を辞めたばかりで先のことを決めあぐねていたし、僕はフリーター生活を続けていて昼間はたっぷり時間があった。
お互い、世間の中ではかなり非生産的な存在で、その共通事項によってより強く結ばれていた。

僕らは食事が済むと、ときどきテラスに出て都心の上にひろがる空が何色なのかを話し合った。
平日の都心は、巨大で薄っぺらなピンク色の帽子をかぶっているように見える。

彼女はそれをスモッグの傘なんだと教えてくれた。
僕はその傘の下で、サラリーマンやOLたちが微少な排気ガスの粒を大量に吸い込んで、ひとりひとり倒れていく様子を想像した。それは結構容易に空想できたので、全員を倒してしまうのに、それほど時間はかからない。
そしてそれを達成した後に、僕の中には何も残らない。たとえあったとしても小さな満足感だけだ。

そしてそんな想像は、不登校を続ける子供が、学校が火事になればいいと、夢見るのと変わりないことを知っている。

「あの傘の下には行きたくない」
と彼女がつぶやいた。

テラスにはときどき、カラスやスズメの他に見たことのない鳥たちがやってきた。
その日も見慣れない小型の白い鳥が一羽やってきて、さんざん僕らの周りを旋回した後、急な突風にあおられて遠い空の白さに重なり見えなくなった。
それはきりもみして落下していく飛行機にも見えたし、海に飛び込む子供のようにも見えた。

「あたしはもう死んでもいいよ」
彼女は手すりを軽く握り返しながら言う。
その言葉は、生気を無くしたように投げ出され、マンションの壁をはいあがる上昇気流に乗って溶けていく。
これまで何百回と聞いたその言葉は、僕の心と同じ音色で鳴っているような気がする。

たぶんこのまま社会に踏み出すより、死んでしまう方がちょっとは楽に違いない。と、僕らはいつも結論づける。

僕と彼女はいつまでたっても理想的な大人になれずにいた。特に彼女はたった2か月社会と隔絶していただけで、他人との会話を億劫がり、今では恐怖さえ感じている。

「私の話し方変じゃない?私の鼻のカタチおかしくない?」と、
僕の顔を見るたびに尋ねた。

「おかしくないよ。君は丁寧できれいな言葉を話すし、鼻のカタチも結構好きだよ」僕がそう言うと、彼女は本当にうれしそうな顔をする。

それから去年買ったカーディガンを羽織り、近所のローソンで大好きな「いちごみるく」を買ってくる。
そしてそれをコップにそそぎ、僕の見てる前でゆっくりと飲む。一口飲むごとに皮膚の下に透ける血管が、そのときだけピンク色に変わり、僕はなぜかほっとする。

彼女はベッドの上に躰を投げ出すと、コンビニの前で始まった道路工事のことを話した。
「幅2メートルくらい、長さ10メートルくらいの穴が掘られていた」「工事の男たちはよく日に焼けていた」「穴はいつ埋められるのだろうか」僕はそれらに適当な相槌とか妥当な答えを返し、彼女が納得するのを見て目を閉じた。

それからもう何も話すことがなくなると、お互いの身体を自然と求め合う。
僕は彼女の気持ちを吸い尽くすだけでは足りず、その身体さえも自分の中に取り込もうとしてるような気がする。

実際、行為の最中もそのことだけを考えていた。
そのため口中に唾液が交いされるたび、彼女の一部を飲み込んでいる安堵感が気持ちの深いところでせり上がってきた。

僕らは似てるね。
私たちは似てるね。

僕と彼女はお互いの心に同じ言葉をかけながら、ひとつになることだけを考えていた。

「この一カ月だれともしゃべってないんだよ」
彼女は、信じられる?という風に首を傾げて僕の方を向いた。その拍子に毛布が胸からすべり落ちる。

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