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4seasons



『生きる』

丘の上の公園に風が吹いていた。

そこにいると僕は幸せが永遠に続くと感じていた。
でも、そんなことは夢のように消えてしまって、後になると全部が幻のように思える。

あのときに話したことは毎日少しづつ忘れていって、つないだ手のひらに残された温度も確実に冷えていく。
覚えているのは彼女の笑顔だけだ。

僕たちはどうすればいいんだろう。
忘れていくことの積み重ねの中で、どんな大人になれば幸せだと感じることができるんだろう。

*

駐輪場に自転車をとめて鍵をかける。
それまで受けていた風のせいですっかり顔が硬直してしまった。
手袋をしているのに、指先の感覚もあまりない。

体育館の脇を通ると、温水プールの換気扇から蒸気が噴き出していた。
大きく切り取られたガラス窓をのぞくと、女の人が飛び込み台に立つのが見えた。
それを途中まで見て、結局彼女は飛び込むポーズをつくっただけで飛び込まないのを確認すると、また丘の上に向かって歩き出した。

市営体育館の裏には小さな丘があり、てっぺんにはケヤキの大木が目印の公園があった。

芝が敷き詰められた丘を登りきると、彼女がベンチに座って待っていた。

そこは僕たちが放課後に待ち合わせをする場所だ。
四方の視界を遮る建物がまったくないせいで、遠くにある湖はもちろん、街の中心部も見渡せる。
風が強く吹くその公園では、ケヤキの大木も風から逃げるように枝をしならせ、奇妙な形に成長していた。

「補習がちょっと長引いちゃって」

僕は遅れた言い訳をして隣に座った。

「受験生だから仕方ないよ」

彼女は風のせいですっかり赤くなった頬を向けて言った。

彼女はひとつ年下だ。
僕が来年大学生になって、この街から出て行ったら遠距離恋愛が始まる。

でも高校生の遠距離恋愛なんて、そんな不確かなものを僕は信じられずにいた。
電話代とか、交通費とか、きっと今まで考えなかったようなハードルが僕たちの前に立ちはだかるだろう。
それでも僕はきっとバイトをしたり節約したりして、彼女と会おうとするに違いない。
短い電話で言い足りないことは、メールで話せばいい。

それとは反対に、僕は新しい生活や出会いで変わってしまう自分も想像できた。
そして、そのうち彼女のことを少しづつ忘れてしまう。

彼女は家の事情で、卒業後は就職することが決まっていた。
大学生になり、これからも青春が永遠に続いていくように感じている僕とは違い、彼女にとってはこの瞬間がすべてだった。
そのときに感じたことを口にして、キスをして、泣きたいときに泣いて、笑う。
そうしていなければ、その先にある何かに向かっていくことも、今を楽しむこともできなかった。

だから、彼女の中に「後回し」という言葉はない。
すべてが全力で、すべてがはかない。

*

その年の冬は、いつもより雪が少なく、青空さえ見えることもあった。

1月になって受験も佳境に差し掛かったころ、僕たちは卒業前に湖を巡る観光遊覧船に乗ろうと話し合った。

この時期は観光客も少なく、桟橋に着くと僕たち以外に乗客は見当たらなかった。
20人乗りの白い遊覧船に乗ると、湖を渡る冷たい風が顔に吹きつけた。
駅前のデパートで買った手袋をお互いの顔にあてると自然と笑顔になった。

船が動き出す。
さっきまでいた陸地があっという間に遠くなり、川に架かる大橋がすぐに見えてきた。
巨大な支柱は、根元の部分にフジツボがびっしり付着している。
彼女は制服の上に紺色のコートを羽織って、口元が隠れるくらい厳重に白いマフラーを巻いている。
湖面を走る風は想像以上に冷たくて、顔の細胞ひとつひとつを刺すようだ。

「ここに17年も住んでいるのに、遊覧船に乗ったのがはじめてなんておかしいね」

彼女がそう言うと、僕もうなずいた。

僕の暮らした街が、いつもとは違うアングルで遠くなったり近くなったりした。

「いろんなことを忘れない」と僕は誓った。

ほんとにそんな風に思えた。

時間はゆっくりと進んで、僕の心の中にひとつづつ刻み込むように思い出を積み重ねていく。
その後に待ち受ける、もっと大きな時間の流れに翻弄されてしまうことも知らずにいた。

*

僕は東京にある第一志望の大学に受かった。

学生生活は順調に進んでいった。
誘われるままにサークルに入って、ほかの学生のように振る舞い、いつのまにかどこにでもいるような若者になってしまった。
行きたくもない飲み会に参加して、つまらないことで笑い、求められるまま下品な話をした。

子供のころのように自分を特別な存在のように感じることもなく、ただ、人と同じように見えることを意識して暮らした。

彼女とは毎日のように電話で話した。メールも一日に何度も送った。

でも、ある日僕は彼女にメールを送ることができなくなってしまった。

何を書けばいいのかまったくわからなくなったからだ。

僕たちはいつのまにか何も共有してなくて、いいことも悪いことも、全部が他人のようにすれ違ってしまっていた。

時折、そんな風に考えるのはよくないと自分に言い聞かせたりした。
考えれば考えるほど、僕の中にある小さな彼女の居場所はどんどん狭くなってしまった。
最後はほとんど自然消滅みたいに、僕たちは連絡をとらなくなった。


彼女が自殺したのは、それから一ヶ月後のことだ。

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