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4seasons



『壊れていく』

僕と梨花はクーラーの効いた部屋で受験勉強をしていた。
もっとも勉強していたのは彼女だけで、僕は時々前髪を耳に掛けて必死に問題を解いている梨花の横顔を眺めているだけだ。

「ねえ、なんで現代に生きる私たちが漢文なんて何千年も前の詩を覚える必要があるの」
「歴史的な意味と道徳的な勉強になるから」

はあーとため息をついて梨花はそのまま床に仰向けになった。僕もそれを真似して仰向けになる。
天井にはアールデコ?みたいな模様が描かれたシートが貼られ、こちらを見ていた。子供のころはその模様が人の顔に見えたりして怖かったものなのに、いつのまにかそんなことも忘れてしまった。

梨花は上を向いたまま目を閉じていた。まるで眠っているように胸のあたりが規則正しく上下している。
右足を梨花の太ももに滑り込ませると、いやだと言って体を起こした。

「ねえ、これ終わったら映画観に行こうよ。なんかいいのやってるかな」と梨花が提案した。

僕はレンタルビデオ屋でバイトしていたので、その辺の高校生よりちょっと映画には詳しかった。

「マトリクスとかは」

「なんかミーハー」

「じゃ何が観たいんだよ」

僕は口を尖らせて聞いた。

「泣けるのがいいなあ。最近泣いてないし、泣くようなこともないし」

「無理に泣かなくていいんじゃないの」

「違うの。映画観て泣くような感性がないと、つまんない人間になっちゃうからだよ」

「梨花が?」

「違うよ、あなたが」

開いていたノートをパタンと閉じてから、
「別につまんない人間じゃないけど」

と言い直した。

向かいの家の庭からセミが激しく鳴き始めた。

「今日も暑くなりそう」

梨花はそう言うと、窓の方に目をやった。


僕たちは中学時代の友達が開いたパーティで知り合った。
お互いに付属中学の出身で、友達の中には裕福な親がいるやつも多かったが、あいにく僕たちはどちらかというと裕福ではない家庭に暮らしていたので気があった。

もとは会社を経営していて羽振りのよかった僕の家も、不景気とともに下降線を辿り、今年もつかどうかというところまで追い込まれていた。

夕食の会話もめっきり減ったし、母親が着飾って外出することもなくなった。
自信を無くした父は、すっかり口数が少なくなり、母の溜息を何度も聞くようになった。
大学進学も微妙だった。もともと勉強はそんなに好きではなかったから、進学できないことに不満はなかった。

ただ、父の姿を見ていると、このまま社会に出ることはためらわれた。
そこには楽しいことはひとつも待っていないように見えた。

高校の3年間、僕は近所のレンタルビデオ屋でアルバイトをした。
いろいろな客がいたが、オペレーションが簡単なのと、好きな映画に関われるというので、このバイトは気に入っていた。

「ねえ、この映画観た?」

事務所の奥からバイトの先輩が声をかけた。手には新作ビデオを持っている。

「まだです」
「結構おもしろいらしいよ」

それは人間型ロボットが主役のアメリカ映画だった。人間の子供のおもちゃとしてやってきたロボットが、子供が成長すると同時に邪魔者扱いされて捨てられてしまうという話のはずだった。

「でも、それって悲しい話ですよね」

悲しい映画をほとんど観ない僕はそう言った。

「まあね、でもCGもすごいしお客さんのリクエストも結構あるらしい」

ふーんと僕は気のない返事をして、結末はどうなるのかと聞いた。

「最後は壊れたロボットが暴走して、人間に危害を加えるからって粉々にされちゃう」

「救いようがないですね」

「人間のエゴイズムにがっかり」

先輩はそう言うと、また画面のほうに顔を戻した。


クリスマスの前に中学校時代の同窓会があった。
ほとんどが同じ高校に進んでいたが、何人かは別の高校に進んだやつらで、2年ぶりに見る顔もあった。

友人たちは口々にお前はやっぱり冷たいと言った。

僕の冷めた口ぶりはちょっと有名だった。自分では冷たいのではなくて、人より感じないせいだと思っていた。何を見ても感じない。驚かない。それが僕という人間だ。

その同窓会で妙な話を聞いた。

S女子の子がAVに出ているという噂だ。
お嬢様学校として通っているS女子だったが、最近では金だけはもっているけど素行の良くない生徒も入学するようになって、急速に風紀が乱れているというのは僕も知っていた。
大人がバカにされ、その大人から金をぶん取る女子高生がいて、普通の高校生の僕なんかはずっと遠く追いやられたような気がする。

それでも僕は結構幸せだった。
かわいい彼女と、気の置けない友人に恵まれていた。大学に行けそうにないけど、まわりでもフリーターになるやつは何人もいたから、それも自分を不安にさせる要因ではなかった。
バイトでもしてそこそこ稼げばなんとかなると思った。

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