人間プラネット

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夢も希望もない40代独身男の生きる意味の見つけ方

ライフ

 

40代はその昔、不惑の年だと学校で教わりました。

惑うこと無く生きる。

 

子供の頃想像していた40代は素晴らしい年代のはずでした。

たとえそれが独身男だったとしても。

 

いや、自分が40代で独身でいるなんて想像はしていませんでしたが・・

 

今自分は40代を終わろうとしています。

しかし夢や希望もなく、毎日に生きる意味を感じることなく、ただ毎日を水を飲むようにやり過ごしています。

 

昨日食べた夕ご飯のおかずも思い出せず、今日誰かと会話することもなく、また無意味な明日がやってきます。

 

どうしてこうなった私の人生。

 

休日は嬉しいのになぜか無意味に感じる40代独身男

仕事のない休日は嬉しいですよ。

そりゃ、クライアントの無理な要求もないし、面倒な通勤もない。

 

きちんとスーツを着て重い鞄や革靴を履く必要もありません。

 

でも、なぜか休日は特に人生が無意味だと感じさせます。

 

平日は自分以外の人達の存在が頭の中に否が応でも紛れ込んできます。

彼らの存在は時にうざったく、いらいらさせられ、時には憤慨することもあります。

 

しかし、その余計な存在のお陰で自分の心に真っ正面から向き合うことはありません。

 

無意味な40代の人生から気を反らせてくれるというか。。

 

しかし、休日は思考する時間が有り余っているで、自分の生きる意味のない人生に思いをはせてしまいます。

 

無意味な独身男、生きていても意味が無い男。

 

そこにフォーカスしてしまうのです。

 

たとえば今私が死んだとします。

両親や家族はまだ生きているのできっと嘆き悲しむかもしれません。

 

担当していたクライアントも哀悼の意を表してくれるかもしれませんが、それも1日だけです。

 

私がいなくなっても、また別の誰かが私の役割のところに収まって会社は継続して、経済は順調に回り続けます。

 

もちろん、私が業務の引き継ぎをしなかったことでいくらかの混乱をもたらすことはあるでしょう。

しかし、それも来月になってしまえば新しい仕組みとルールの下で仕事が始まり、もともと私がいたことさえ忘れ去られてしまいます。

 

私には会社に友達がいません。

だから私がいなくても誰も悲しくはありませんし、仕事が増えて憤慨されこそすれ、無意味な存在がいなくなった、ただその事実だけが残るのです。

 

他人の思考の中に自分という存在がいないという事実は人生の無意味さを助長させるのです。

 

生きる意味が見つからないのはなぜか?

40代の独身男に生きる意味が見つからないのには明確な理由があります。

 

40代というと、仕事も家庭も充実していて人生の頂点ともいうべき時代です。

しかし、それと同時に人間としての終わりが始まる時期でもあります。

 

多くの40代独身男は40代になったときには、自分の人生の終わりが始まろうとしていることに気がつきませんが、それも数年。

 

普通は45歳にもなると、この先の人生に何もないことを知って愕然とします。

 

子供の成長を楽しむことなく、孫の笑顔に目を細めることもなく、いくら金を稼いでも使い道がありません。

 

45歳にもなれば大概の美味いモノは食べ尽くしているし、まともな40代ならかなりの貯金をしているので将来一人で暮らすことを考えればそれなりの不安もないでしょう。

 

逆に貯金がなければ無意味な人生を慎ましく暮らせばいいだけです。

だって一人なんだから。

 

さらに恐ろしいことに40代になると性欲の衰えが明らかになってきます。

性的な能力もそれと同時におきますので、異性を見てもときめかないし、なんとか自分の物にしようという意欲がわきません。

 

動物として異性を求める意欲がなくなることは確実に死に向かっていると同じことです。

 

子孫を残せない動物に本能的な人生における満足などあるはずがなく、無意味に感じるのもいたしかたないのです。

 

金で買う楽しみもない、性に対する喜びもない、

となったときに何が残るでしょうか。

 

何も残りません。

金は文化的な生活としての証で、

性欲は動物的な生活としての証です。

 

この二つがどちらもなければ生きる意味など感じるはずもありません。

 

むしろギャンブルで散財して一文無しになり、バイアグラでも飲めば、心の底から生きるという感覚を取り戻すのかもしれません。

 

まじで。

 

生きる意味は自分の中にはない

 これらのことから、生きる意味は40代独身男の中には存在しないことがわかっていただけると思います。

 

ただ、このまま毎日を絶望しながら生きていくのは耐えられませんよね。

私も耐えられません。

 

大切なことは、

お金や性欲から自由になること。

 

そして自分の中に常に他者を取り込むことです。

 

40代になるまでに求め続けていたお金と性欲に意味がないとわかった今、それらに固執しても仕方がありません。

 

安くても美味しい店で満足したり、女性を性欲の対象として見るのではなく友人として見るようにしましょう。

女の人は異性として話すと面倒なことが多いのですが、友人として話すと男にはない知識や能力があってとても楽しいものです。

 

また、休日は孤独にならないことが重要です。

孤独は人生を見つめ直す時間をくれますが、独身男には時間が多すぎます。

 

人生を見つめ直すのは1ヶ月に1回くらいにしましょう。

 

それ以外の時間は他人と触れあうことに時間を割きましょう。

 

趣味もよくありません。

趣味は孤独に拍車をかける可能性があるからです。もし趣味にいそしむなら一人ではできない趣味を持つことです。

 

サークルや習い事で他社と触れあうことを覚えましょう。

そのうち彼ら彼女らはアナタの心の中に入り込んで大きな位置をしめるようになります。

 

そうなると、いつも彼らのことを考えるようになります。

それは良いことや悪いことがごっちゃになっていますが、孤独な自分のことを直視する時間を確実に減らしてくれます。

 

そして、この感覚っていつか体験したことがあることを思い出します。

 

それって小学生の頃の思い出です。

小学生の頃は自分に向き合うこともなく、常に他者を意識しているものですよね。

 

もちろん、大人びた子は自分に向き合いすぎるきらいがありますが、ほとんどの無邪気な子供は自分の中に他者を自然と招き入れて生きているものです。

 

小学生の頃はほとんどの人は幸せでしたよね。

未来のことを考えるといっても、だいたい明日くらいまでのことでした。

 

明日の算数の授業嫌だなとかそんなことです。

 

未来に希望は持っているけど、遠くの未来にこだわりすぎないというか。

未完成な己を無意識に承認しているというような状態です。

 

未完成な自分でよければ、生きている意味など考えることもありません。 

 

まとめ

 私たち40代独身男は、多かれ少なかれ完全な人生と完全なる己に固執しているきらいがあります。

 

しかし、そんな完全な自己などあるはずもなく、本来は未完成なりになんとか生きて行くのが人生というものですよね。

 

異性に固執しない、

他者を自身の中に取り込む、

そして未完成な自分で良しとする。

 

私たちがこれからも生きる意味など考えなくてもいいよう、これらを実践してみることです。

 

意味などなくてもそのままで素晴らしい人生なんですから。